+++ GARBAGE FACTORY +++

29/Nov/04

 

     
     
 

+++「ガベージ・ファクトリー」誕生秘話 +++

 
 

中島 修一

 
     
   
     
   ジーンズにTシャツ、茶髪、日焼けした身体にはタトゥーさえ刻まれているかもしれない。

波乗りという非生産的な行動にうつつを抜かし、まともな仕事をしているのかさえわからない。

悪魔の麻薬に手を染めていそうなイメージさえ持つ反社会的な危険な種族・・・。

世間の取り澄ましたお偉方からすれば、おおかた「不良」である。

そんな彼らが、ただ黙々と、浜辺のゴミを拾う。タンカーが座礁し、オイルが流れ着いた浜辺では、油にまみれてその除去に力を尽くす。またある浜辺では、迷い込んだイルカや鯨を身体を張って押しもどし助けようとする。

IT成金の小太りの男がダサいTャツ姿で、ビジネス・ミーティングに出席したというだけで、反社会的だと反感をあらわにするいわゆる社会的上層部の面々。

ビシッとスーツを着込んだ男の乗るステータスシンボルと呼べるような磨きこまれた高級車。

そのウインドウから出された手の指に挟まれた煙をあげるタバコは、なんの躊躇もなくポロッと路上に投げ捨てられる。

片田舎の海辺に黒塗りのハイヤーで乗りつけ、白い砂浜に背広に革靴といういでたちで降り立ち、革靴の中に砂が入るのを気にしながら、ほんの10分ほどうろうろして、そそくさと帰っていくことを視察と呼ぶオエライ御役人。それだけのことで、永い時間をかけて自然が育んできた美しくも有難き木々は切り倒され、浜辺はコンクリートで固められ、海には、コンクリートが投げ込まれ積み上げられることを「良し」と決断が下される。開発という名のもとに・・・・。

まるでフィクションのようなパラドックス。これが、私達の生きる2004年の現実だ。

私は、今から十数年前に鹿児島県の種子島に渡った。70年代の熱狂的なサーフィンブームが遠く過ぎ去り、サーフィンなど、もはやトレンディーでもなんでもなくなった頃のことである。

最初は、御多分に漏れず、波を求めてのサーフトリップである。

沖縄、徳之島、奄美大島と探査を続けていた私にとって、まるで盲点のようにその島は本州に一番近いにもかかわらず手付かずであった。

しかし、その島に降り立った時、この島とは長い付き合いになるような気がしたものだが、その予感は的中し、気付かぬうちに居を構えるまでになっていた。当初から、既に島内にサーファーは存在した。

しかし、地元の人間はほんの若干名であり、その殆どが島外からの移住者であった。

かれらは、その秘密のサーフパラダイスで人知れず各人四苦八苦しながらストイックなサバイバル生活を営んでいたのだ。

海が無い都会に生まれた人間達があこがれのサーフィンライフを実現しようとするのだが、世間はそう甘くはなく、先駆者達の苦労話には事を欠かない。

年を追うごとに移住者の数は増加していったが、現在では約300名を数えるまでになった。

見ず知らずの者達が集まるなかで、それを監督するよう定められた人間も別段いるわけでもなく、上から突きつけられる法律も無いが、さしてトラブルもなく、皆、仲良く楽しくやっている。それは皆で助け合い譲り合い、また刺激し合い、励ましあって生活しているからに他ならない。

映画館すら無い島で、都会で溢れるエンターテイメントを貪ることもなく、お天道様の下で、自然の恵みに感謝して生きるシンプルな暮らし。

波乗りという修行に勤しむのは当然だとしても、まるで、互いに良い人間になることを競いあっているかのようだ。

武道のように、波乗りという道が創り上げる人間形成の賜物であろう。

そんな島生活も、完全に次の世代へと移行したのを感じる。ゆっくりとだがしっかりと地に足を着けこの島で生きていくんだと生活を始めた者達が創り上げ、育み始めた固有の文化。とうとう、この島にも独特のカルチャーが産声を上げ始めたのである。

そして、島で出会い、結ばれたカップルたちが育む新しい命。種子島に住むサーファーのコミュニティーに関する限り少子化は当てはまらない。美しい自然と、助け合える仲間達の存在。

それがあるから子供を育てる勇気が持てるのである。

そうして、誰にも迷惑をかけることなく、慎ましやかに、しかしサーファーとして堂々と生きてゆく。

過疎化が進む片田舎の島に未来の可能性が明るく輝きだしていた。

しかし、彼らの未来を無視するかのような悪魔の所業がまたもやオエライ方々によって始められたのだ。

屋久島を望む種子島の西海岸の沖に日本最大の無人島が浮かんでいる。馬毛島という名のその島は、無人島ゆえに生活廃水の汚染さえなく、一際美しい海に囲まれて、珊瑚にイセエビ、トコブシなどが豊かに生息する素晴らしい漁場であった。

島には、こんもりと木々が密集し、そのジャングルには貴重な固有種のマゲシカと呼ばれる鹿が生息し、降り注ぐ雨は木々の密集した土壌に保水され、浄化され、また海を豊かにする成分を含ませて海へと循環していった。

人間が何一つ手出しする必要もなく1円の費用もかからず自然はそうして恵みを与え続けてきたのだ。

まさに神のなせる業がそこに厳かに存在していたのだ。

しかし、その島のほとんどを所有するという人間が現れた。

その人間は、そのありがたき授かり物に感謝するどころか、島中の木々を切り倒し、ダイナマイトで島中を掘り起こすというのだ。

屋久島を抱え、環境意識の高さをしきりにアピールする鹿児島県がそんなことを許すはずもないと、皆信じていた。

しかし、鹿児島県は、そのとんでもない自然破壊を許した。

事業は始まり、木々はなぎ倒され、大地は深く傷つけられた。

保水力と浄化力を消失した島からは、あっというまに泥水が流れだし始め、周りの海を汚染した。

珊瑚も、イセエビも、トコブシもその多くが死に絶えた・・・。

今日も無邪気に笑って波と戯れる人のいい若者達。私は、その笑顔が大好きだ。

その、屈託の無い笑顔を守るために私に一体何が出来るのか?

考え続けて、ついに、ある答えに行き着いた。

その答えの全貌は訳あって、まだここでは明かせない。

しかし、もしあなたが波に乗ることによって己を磨くサーファーであるとすれば、私が想いを綴った、つたない書物を紐解くことによって、すべてを理解するだろう。
 
     

Copyright © 2000-2004 Men at surf. All rights reserved.